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うたかたの日々を固定しようとする試み

セカイ系から日常系:さらにその先へ【歴史編その1】

マカロニほうれん荘:70年代後半に出現したミュータント

赤塚不二夫山上たつひこが築き上げた破壊的、破滅的で自己言及的なギャグ。その要素に「オタク趣味」を加えて出来上がったのが、鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』だ。

 

オタク趣味とは、アイドル、ミリタリー、特撮、ロックなどなど……。

 

Queen/KISS/Deep PurpleLed Zeppelinゴジラアンギラスキングギドラ/M1号/バルタン星人/ナチスドイツ軍/帝国陸軍/帝国海軍/戦車/戦闘機……これらの要素がウルトラハイスピードで変形し、増殖し、分裂し、融合し、歌い、暴れ回るのだ。

 

脱色された物語。意味の剥奪。行動の反復……それはシミュレーショニズム:サンプリング/カットアップ/リミックスの発露と言っていい。70年代後半にこの作品が登場したというのは特筆に値する。このような表現を行ったものは、当時、誰もいなかった。

 

あまりにも斬新すぎる表現は、作者自身を追い込み、連載は僅か2年で終了する。ギャグマンガの過酷さを物語る好例だろう……。

 

もうひとつ。『マカロニほうれん荘』のユニークな点は、登場人物である膝方歳三、通称トシちゃんに対して猛烈にアプローチする女子大生トリオの1人「ルミちゃん(斎藤ルミ子)」の存在だろう。

 

奇人であり変人であるトシちゃんは、ルミちゃんの気持ちを知ってか知らずか、ルミちゃんのアプローチを受け流していく……トシちゃんの心象を推し量ることは不可能だ。あらゆるアプローチは「トシちゃんカンゲキー!」の一言で無効化されてしまうのだから。

 

「オタク趣味のリミックス」と「女子からの強力なアプローチに対するつれない男子の反応」……このフォーマットは『うる星やつら』に引き継がれていく。

 

 

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー:80年代のSF的狂躁

マカロニほうれん荘』の終焉と入れ替わるように出現した80年代を代表するマンガ/アニメである『うる星やつら』。

 

オタク趣味のリミックスという点では『マカロニほうれん荘』に比べると、遥かにおとなしい。表層的には「オタクガジェットのパロディ」の域にとどまっているように見える。

 

「オタクガジェットのパロディ」としての傾向は、映画『うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー』に顕著だ。

 

映画冒頭の友引高校学園祭(文化祭)準備の様子。そこに描かれた東宝特撮のキャラクターたち…X星人モスラの幼虫、海底軍艦、それに巻き付くマンダ、モゲラ、メガロ…それらに混ざってウルトラマン、カネゴン、ガラモン(もしくはピグモン)、バルタン星人など円谷プロの怪獣たちが闊歩し、さらには純喫茶「第三帝国」の描写…制服や旗や戦車レオパルド…この描写にオタクたちは歓喜する訳で(笑)

 

以上の描写はあくまでも「描写」の域を出ない。物語にとっては全く関係のない「ただの背景」でしかないのだ。その点では『マカロニほうれん荘』から遥かに後退していると言っていいだろう。

 

しかし『うる星やつら』の魅力は多彩なキャラクターにある。そのキャラクターたちが「オタクガジェットのパロディ」の分散化された表現であると言えるだろう。

 

例えば、藤波竜之介とその父の関係に巨人の星を、錯乱坊にスターウォーズヨーダを連想するのは容易い。それらキャラクターがおりなすハイテンション・ギャグであるという点では、マカロニほうれん荘に勝るとも劣らない。

 

さらに注目すべき点は『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』に「日常系」の萌芽を見て取れるということだ。

 

学園祭(文化祭)前日が延々とループしている……ラムの夢を具現化したループ世界……それは当然のことながら涼宮ハルヒの『エンドレスエイト』の原型である。大きな事件も起こらず、人間関係すら破綻しない、おもしろおかしい日常を永遠に繰り返す……すなわち「終わりなき日常の固定化」に他ならない。永遠のループ世界で遊ぶラムの笑顔は美しい……。

 

そしてもうひとつ。セカイ系に接続する要素があるということ。

 

マカロニほうれん荘』によってギャグと融合したオタク趣味は、美少女、SFメカ/ガジェット、ミリタリーという形に分離して『うる星やつら』に溶け込んでいった。その表現はシミュレーショニズムの狂躁からはほど遠いが、緩やかなパロディとしてラムに収斂していく。

 

ラム……グラマラスなボディを惜しげもなくさらし、空を飛び、電撃を発し、ひとりの男性を一途に愛し続ける……このラムの造形に当時のオタクは熱狂した。それは男性に取ってあまりにも都合の良い存在だったと言えよう。

 

男性に取って都合の良いラムの造形は、のちに戦闘美少女として顕現し、セカイ系へと受け継がれていく。

 

うる星やつら』で提示された3つの要素。

 1.恋愛:女子から男性への猛烈なアプローチ

 2.ビューティフル・ドリーマーにみられる日常系の萌芽

 3.戦闘美少女の原型としてのラムの造形

 

うる星やつら』には既に「セカイ系」と「日常系」の要素が包含されていることが分かるだろう。

 

 

次回は「もうひとつの系譜:70年代後半から90年代前半の不条理ギャグマンガ」からスタートする。ちょいと力つきました(笑)